犬の落葉状天疱瘡 プレ+ミコフェノール酸モフェチルの併用の効果と副作用は?

DOI: 10.1111/vde.13028

天疱瘡とは⁉

落葉状天疱瘡(PF)はイヌの皮膚自己免疫疾患の中で最も一般的な病気の1つであり、表皮のデスモゾーム接着分子の特定の成分に対する自己反応性B細胞による自己抗体の産生を特徴としています。ヒトおよびイヌのPFにおける自己抗体の標的はそれぞれデスモグレイン1およびデスモコリン1です。

イヌのPFの治療は困難なことが多く、通常生涯にわたる免疫抑制剤による治療が必要となり、長期にわたる治療は重篤な副作用を伴うことがあります。治療効果が十分に得られない場合や副作用により安楽死を選択する場合もあります。

過去の研究で、グルココルチコイド(GC)単剤投与により治療3か月で完全寛解(CR)に至る患者はわずか15%であると報告されています。イヌのPFの寛解導入期において、様々な免疫抑制剤(アザチオプリン、シクロスポリン、ミコフェノール酸モフェチル(MMF)、レフルノミド)から最適な併用薬を選択することは、前向き研究が行われていないため、しばしば問題となります。

自己免疫疾患に対するミコフェノール酸モフェチル(MMF)の推奨初期投与量は20~40mg/kgです。過去に報告された9頭のPFのイヌのレトロスペクティブ研究では、MMFはイヌのPF治療においてリスクの低いステロイド減量方法の選択肢であることが示されました。

今回ご紹介する論文は、2015年~2020年にかけてグルココルチコイド(GC)とMMFを併用して治療したイヌのPFの後ろ向き研究です。

方法

2015年1月~2020年8月までに獣医教育病院の記録システムに記録された医療記録を解析しました。

【組み入れ基準】

・MMFの投与量・投与頻度・投与期間については制限なし

・過去の報告に従い、病歴、臨床的特徴および顕微鏡による棘融解細胞の確認、皮膚感染の臨床的・顕微鏡的兆候がない場合にPFと診断

【除外基準】

・医療記録の記載が不十分な場合

・MMF投与後にフォローアップが不明な場合

・皮膚細胞学的所見で最近感染が認められた場合

・組織学的評価で境界部皮膚炎が認められた場合

【医療記録の解析】

対象となった11頭の犬について、以下の事項を評価しました。

・シグナルメント(年齢、犬種、性別、体重)

・細胞学的・病理学的所見

・発症年齢

・MMF投与前の免疫抑制量療法

・ MMF投与前後のCBC、生化学検査、尿検査(可能ならば)

・ 寛解導入時のMMF投与量と維持時の投与量

・GC併用療法

・MMF投与に伴う有害事象

 【治療の効果判定】

MMF経口投与に対する効果は、2つの段階(導入期および維持期)で評価しました。

導入期ではCR(完全寛解)、PR(部分寛解)、POR(奏功不良)のいずれかに分類しました。

CRは、医療記録と写真に基づき、活動性のあるPFによる皮膚病変(斑、膿疱、びらん、びらんに伴う痂皮)の完全消失と定義しました。脱毛の有無にかかわらず、活発な炎症を伴わない治癒した皮膚または現在治癒している皮膚の上にある浮き上がった痂皮は活発なPFの臨床徴候とは定義しませんでした。皮膚病変の重症度と分布が初診時から50%以上改善した場合にPRと定義しました。

維持期では、グルココルチコイドの投与量や投与頻度を減らしながら、同量の MMF を継続的に経口投与することで寛解が維持できるかどうかを評価しました。

結果

【シグナルメント】

MMF投与前の免疫抑制療法】

11頭中7頭は免疫抑制療法を受けたことがなく、4頭はすでにGCを投与していました。

【薬の投与量および治療への反応性】

各犬のMMFとGCの投与量は表1のとおりです。

表1

【導入期

MMF投与量:平均28.7mg/kg/日(範囲19.845mg/kg/日)を1日2回投与

プレドニゾンおよびデキサメサゾン投与量:それぞれ1.8mg/kg(範囲1~3mg/kg、11頭中6頭)、0.25mg/kg(範囲0.1~0.27mg/kg、11頭中4頭)。1頭は、GC外用薬(モメタゾンフランカルボン酸エステル 0.1%クリーム1日2回)のみ。1頭で(個体番号4)、MM投与中に、プレドニゾロン(1.5mg/kg/日)からプレドニゾン(1.8mg/kg/日)に切り替えました。

治療反応:6頭(個体番号1~6)で、平均29.5mg/kg/日(範囲19.8〜45mg/kg/日)のMMFと経口GCを併用して、CR(2頭)またはPR(4頭)が認められました。MMFの1日平均投与量は、CRの2頭で39mg/kg/日、PRの4頭で26mg/kg/日でした。一方で、治療に対する反応性が低い犬(POR)が4頭(個体番号7-10)いました。MMFの1日平均投与量は28.4mg/kg/日(範囲21~37.8mg/kg/日)で、経口及び/又は局所GCを併用していました。1頭(犬11)は、重度の胃腸症状(出血性下痢)のため、4日後にMMF投与(21mg/kg/日)を中止しました。導入期にPRを呈した犬では、初期症状と比較して病変の80~95%が消失していました。

【投与期間】

11頭の平均MMF投与期間:68日(中央値70日、範囲4~134日)

CRまたはPRの6頭(個体番号1-6)の平均投与期間:75日(中央値71日、範囲30~134日)

PORの4頭(個体番号7-10)平均投与期間:74日(中央値71日、範囲40~113日)

【副作用】

MMFとGCの併用投与中に、嘔吐(個体番号2)および下痢(個体番号8、9、11)の副作用が認められました。2頭(個体番号9、11)ではMMFの投与を中止したところ、臨床症状は消失しましたが、1頭では食欲減退などの副作用が一過性ですが続きました。GC投与に関連する副作用として、多食および多飲多尿が3頭(個体番号1、6および10)で認められました。

MMFとGCの投与前および投与後2カ月の血液検査は、1頭(個体番号6)のみで実施されていました。治療開始前に好中球の増加を伴う白血球数の上昇(44.5 x 103 μL、基準範囲 2,700 ~ 8.500 x103 μL)が認めらましたが、投与2か月後の検査ではリンパ球減少(0.33 x 103 μL、基準範囲 0.500 ~ 4.100 x 103 μL)のみが認められました。また、治療前にALPの上昇(166 U/L、基準範囲13-102 U/L)が認められていましたが、2か月後にはALPは385 U/Lに上昇し、ALTも上昇していました(175 U/L、基準範囲12-106 U/L)。

【維持療法】

 CRを達成した2頭では、その後MMFからシクロスポリン投与に切り替えられました。1頭(個体番号1)は、CR達成後、GC投与中止MMF単剤投与1か月でコントロール不能な重度のアトピー性皮膚炎を呈しましたが、PFの再燃はありませんでした。もう1頭(個体番号2)では、MMFおよびGCの30日間の投与後、出血性下痢という重度の胃腸障害が認められました。導入期にPRを達成した4頭(個体番号3-6)では、PR達成後、経口MMFの初回投与量を維持しながら、GCの投与量を開始量から25-100%緩やかに漸減させることができました。個体番号3および4では、GCを徐々に完全に漸減し、PFの再発までにそれぞれ21日および14日間、GCを経口投与せずにMMFのみで維持することができました。個体番号 5 および 6 では、 GCを初期用量から 20-25% 漸減し、PR が達成された後は MMF を一定量不変とし、GC 漸減開始後それぞれ 15日目 および14日目 に PF 病変が発生しました。4頭ともPF臨床症状の再発(膿疱、細胞学的評価でPFと一致した痂皮)を認められました。これらの4頭(個体番号3-6)では、経口MMFを中止し、GCと組み合わせた別の経口補助免疫抑制剤(シクロスポリン、アザチオプリン)に置き換えられました。

考察

 犬の PF の管理における免疫抑制剤の併用療法の主な目的は、GCの使用とGCの有害作用 を最小限に抑えることです。

MMFGCの投与量

 本研究では、MMF の一日平均用量 30.1mg/kg とプレドニゾンとデキサメタゾンの一日平均用量 1.8mg/kg と 0.25mg/kg の併用により、11頭中2頭と4頭にそれぞれ CR と PR が達成されました。本研究では、どのイヌもMMF単剤療法を十分に維持できず、他の非ステロイド性免疫抑制剤に薬物を変更する必要がありました。

 免疫介在性疾患(免疫介在性多発性関節炎や免疫介在性溶血性貧血)のイヌに対する経口MMFの推奨開始用量は、 20~40mg/kg/日です。以前のPFの後ろ向き研究では、PFのイヌ9頭中6頭が、20~54mg/kg/日のMMF経口用量で GC療法と同時進行してCRに到達しました。CR に達したこれら 6 頭のイヌのうち 3 頭は、20 mg/kg/日という低用量の MMF を経口投与されていました。

 今回の研究で、PF を発症した 11 頭のイヌすべてに対する MMF の平均投与量は、イヌの免疫介在性疾患とPFに対して推奨されている 20~40 mg/kg/日の範囲内でした。さらに、4頭のイヌが平均26mg/kg/日(範囲20~40mg/kg/日)のMMF投与量でPRを示しました。

 ヒトとイヌにおけるMMFの経口投与に関する薬物動態試験では、個体間の大きな差異が認められています。ある試験では、3ヶ月齢のダックスフンドに13 mg/kgのMMFを単回経口投与しており、MMFの代謝に著しい種差があることが示唆されています。さらに、成犬では代謝が速いため、12時間ごとよりも頻繁な投与が必要かもしれません。

 イヌの免疫介在性疾患において、MMFの経口投与が広く行われていることを考慮すると、最適な投与方法と、今回の研究で得られた知見のように、PFの治療において30mg/kg/日以上のMMF投与がより高いCR達成率をもたらしうるかどうかについて、さらなる臨床的・薬学的な対照前向きの研究の余地があると思われます。

副作用(胃腸障害)

 本研究では4頭の犬で嘔吐や出血性下痢などの胃腸障害が認められました。

 胃腸障害は、ヒトとイヌにおけるMMF投与の主な副作用と言われており、急速に増殖する胃腸上皮細胞がMMFの標的となった結果であるとされています。他に考えられているメカニズムとしては、ミコフェノール酸の局所毒性代謝物であるアシル-MPAG(アシルグルクロニド代謝物)の生成により、その炎症促進作用によって局所的に胃腸障害を誘発する可能性が示唆されています。イヌにおけるMMFの経口投与による消化器毒性は、どの投与量でも発現するといわれていますが、30mg/kg/日を超える投与量では、より頻繁に胃腸障害を引き起こすことが示されています。胃腸障害の副作用を示したイヌ4頭の平均MMF投与量は32mg/kg/日(範囲21-45mg/kg/日)でした。

 MMFをGCと同時に投与した場合、犬の胃腸障害のリスクが高くなるかどうかは不明です。

副作用(血液検査)

 本研究では、1頭(個体番号6)で投与前後での血液学的な検査が行われており、投与中にALPおよびALTの上昇とリンパ球減少が観察されました。以前の犬のPFにおけるレトロスペクティブ研究では、ALPとALTの上昇が観察され、これらの値はGCの漸減とともに減少しました。本研究の個体番号6の血液検査の変化は GC 投与に起因するものである可能性が高いものの、それ以上の診断が行われていないため、肝障害や骨髄病変の他の機序が原因であることを否定することはできませんでした。

治療効果

 最近の研究では、GC(プレドニゾンまたはプレドニゾロン)を従来の免疫抑制量(2-4mg/kg/日)で単剤投与したところ、PF症例の15%(20 頭中 3 頭)でのみCR が達成され、CR 達成までの期間の中央値は 63.7 日(範囲 14-83.3 日) でした。一方、GCとMMFの併用では、9 頭中 6 頭(66%)でCRが得られ、その期間の中央値は 45 日(範囲 21-56 日)でした。今回の研究では、PRまたはPORを達成した 4 頭の犬の MMF 経口投与期間の中央値は 71 日(範囲 40-134日)でした。このことより、本研究で PRとPORであった症例は、過去のMMF投与を行ったPFの犬を対象とした研究で報告されたCR達成までの期間より長い期間、MMFとGCの投与を受けたことになり、MMFを早期に中止したとは考えられませんでした。

 イヌのPFの治療効果に関するいくつかの研究では、寛解なし、部分寛解、完全寛解の臨床的スコアリングが使用されています。Olivryら(2003)は、イヌの PFの新しい臨床スコアリングシステム(PEFESI(PF extent and severity index))を提案しています。最近の研究では、新しい経口 Bruton チロシンキナーゼ阻害剤によるイヌのPF治療の評価として、ヒトの天疱瘡臨床スコアPDAI(Pemphigus Disease Area Index)を用いています。PEFESI とイヌ用PDAI のいずれもイヌのPFに対して検証されていないため、本研究ではイヌのPF に対する GCの有効性を評価するために、以前に発表された寛解の結果を利用し、さらに臨床的改善の割合の主観的な推察を加えました。このことから、イヌのPFの前向き無作為化対照臨床試験に利用できる有効な臨床的スコアリングシステムの確立が必要であると考えられます。

 今回の研究では、4症例で、MMFの投与前に、GC投与が行われていました。MMFの追加投与後、1頭がCRに達し(症例番号2)、もう1頭がPRに達し、初期病変の95%近くが消失しました(症例番号3)。イヌのPFの治療成績に対する GCの前使用の影響はわかっていません。以前のイヌのPFに対するMMF投与のレトロスペクティブ研究では、MMF投与前のGC治療に関する情報は提供されませんでした。

結論

 本研究は、イヌのPF症例においてCRとPRを達成するための免疫抑制剤の補助としてMMF 経口投与を活用することに関する新たな知見を提供します。MMFとGCの併用療法は、MMF30mg/kg/日以上の投与量で、本試験に組み入れられた患犬の20%未満にCRを達成しました。11 頭全てのMMF治療の平均期間は 68 日(中央値 70 日)であり、これは以前に報告された犬の PF において MMF 経口投与で CRを達成した期間(平均 40 日、中央値 45 日)よりも長い。本研究の主な限界は、レトロスペクティブであること、サンプルサイズが小さいこと、対照群がないことです。イヌPF治療における30mg/kg/day 以上の MMF の有効性を評価するためには、さらなる前向き研究が必要であると考えられます。

まとめ

・今回の後ろ向き研究では、PFの治療において、GCとMMFの併用により11頭中2頭で完全寛解(CR)が達成されました。

・CRを達成できた症例では、達成後シクロスポリンへ切り替えが行われています。

・PRを達成した症例(4頭/11頭)では、一時的にGCの減量をすることが可能でした。

・GCの投与量や副作用に悩むPF症例の導入においては、MMFは一部有効である可能性がありますが、過去のレトロスペクティブ研究と比較して本研究ではMMF投与期間は長かったもののCR達成率は低い結果となりました(過去の研究ではGC併用については明らかになっていません)。

・GCとMMF併用療法の主な副作用としては嘔吐や下痢などの胃腸障害が考えられます。

・今回のレトロスペクティブな研究は11頭と頭数が少ないこともあり、さらなる前向き研究が望まれます。

皮ふキャン的ポイント

・細菌感染のコントロールができているのにも関わらず、膿疱やびらん・痂皮ができる症例についてはPFを鑑別に入れましょう!

・ステロイド単剤で治療が難しい時、免疫抑制剤の使用が推奨されますが、副作用を考慮する必要があります。一般的に使用されるアザチオプリンは骨髄抑制などの副作用を十分考慮した上で使用が必要です。本研究で使用されているMMFも免疫抑制剤の1つとして使用を考慮してみてもいいかもしれません。